紫式部 むらさきしきぶ

生没年不詳。平安時代中期の歌人。藤原兼輔のひ孫。藤原為時の娘。曽祖父や父をはじめ、一族には優れた歌人や学者が多くいた。藤原宣孝と結婚し、娘・大弐三位を産んだ。夫と死別したあと『源氏物語』を書き始め、その評価が高まって、一条天皇の中宮彰子に仕えるようになった。『紫式部日記』『紫式部集』も残し、同時代を代表する文学者の一人。

登場作品

『小倉百人一首』

57 めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな

<久しぶりに見た月は、いつか見たのと同じ月だったのだろうか。はっきりとわからぬまま雲に隠れてしまった夜更けの月……。あの月と同じように、久しぶりに会えたのだけど、お顔を見分ける間もないままに、すぐに帰ってしまって姿が見えなくなったあなた>

『新古今和歌集』巻第16雑歌下・1944より。幼なじみの女性とのあわただしい再会と名残惜しさを、雲に隠れて見えなくなった月に寄せて詠んだ歌。新古今集では結句を「夜半の月影」としている。

『十訓抄』

第1 人に恵を施すべき事 1-21
第1 人に恵を施すべき事 1-23

中宮彰子のもとに出仕した新参の女房は、琴を弾く人だった。彰子から、「この人に琴にちなんだ名を付けなさい」と命じられたので、「いわこす」という名を付けると、大変褒めていただいた。
「いわこす」というのは琴柱の先の緒が当たるところのことで、その名を知る人はめったにいなかったという。

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