清少納言 せいしょうなごん

生没年不詳。平安時代中期の歌人。清原元輔の娘。橘則光と結婚して則長を産んだが、のちに別れて一条天皇の中宮定子に仕えた。幅広い教養と機知に富んだ人柄で活躍し、このときの体験や風物に対する感慨などを随筆『枕草子』に著した。

登場作品

『小倉百人一首』

62 夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ

<夜が明けないうちに鶏の鳴きまねして関所の門を開けさせようとしたってムリよ。函谷関の関守はだませても、私の逢坂の関はガードが堅いんだから。簡単に通したりしませんよ。>

『後拾遺和歌集』巻16雑・939より。『枕草子』130段に、この歌が詠まれたいきさつが書かれている。それによると、友達として親しく付き合っていた藤原行成の(軽い冗談コミの)思わせぶりな物言いをはねつけたものらしい。中国の歴史書『史記』に書かれた故事――鶏の鳴きまねをして夜明けを偽り、函谷関の門を開けさせたというもの――と、男女が逢うという意味をもつ逢坂の関を重ねていて、作者に漢文の教養があったからこそ作れた歌。

『十訓抄』

第1 人に恵を施すべき事 1-21

雪が美しく降った朝、その降り積もった雪を眺めていた一条天皇が「香炉峰の雪はどうであろうか」と問いかけたので、何も言わずに御簾を外に押し出して見せた。白楽天の詩を踏まえた帝の問いかけに見事に応えた優美なふるまいとして、後世に語り伝えられている。
清少納言は父・清原元輔の才を受け継いで漢学にも和歌にも優れ、気立てもよく折々のふるまいも見事だったという。

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