良源 りょうげん

  • 慈恵僧正 じえそうじょう

912~985。平安時代中期の僧侶。若くして頭角を現し、栄達して延暦寺のトップに就いた。寺で火災が起こった際には、焼け落ちたお堂などの復興に尽力。また、僧たちの行動に対してルールを定め、生活を引き締めた。

登場作品

『宇治拾遺物語』

巻4-17 69話 慈恵僧正、戒壇を築たる事

投げられた豆を箸でつかめるという特技をもっていた。その話をある郡の郡司に披露したところ、なかなか信じてもらえなかった。そこで、「私が勝ったら延暦寺の戒壇を築くための人員を出してほしい」と申し出て大豆を投げてもらい、見事に箸でつかんでみせた。おかげで、建立が進んでいなかった戒壇を築くことができた。

巻12-3 139話 慈恵僧正、受戒の日を延引の事

天台座主を務めていたとき、受戒を行う日に、用意もできているのに突然帰ってしまった。その場にいた者たちが困惑していると、使いを寄こして「今日の受戒は延期する」と告げた。不審に思いながら皆が退散すると、午後2時頃、強風が吹いて門が倒れてしまった。もしも、あのまま受戒を続けていたら、多くの犠牲者が出たに違いない。この災難を予期して延期したのだと、皆が感嘆した。

『十訓抄』

第1 人に恵を施すべき事 1-21

一条天皇の御代の優れた僧の一人として紹介される。円融天皇の御代には、内裏で行われた祈禱の際に、不動明王の姿として現れたという。

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