藤原定家 ふじわらのていか

  • 権中納言定家 ごんちゅうなごんさだいえ

1162~1241。「さだいえ」とも。鎌倉時代の歌人。藤原俊成の息子。父から御子左家を継ぎ、和歌の指導者として活躍した。定家の教えを受けた人物には、鎌倉幕府の将軍・源実朝もいる。後鳥羽上皇の信任を受け、『新古今和歌集』の撰者の一人を務めたが、のちに上皇との関係は断絶した。『源氏物語』『伊勢物語』など数多くの古典を書写・研究して後世に残し、また、『松浦宮物語』の作者とも伝えられる。『小倉百人一首』の撰者としても有名。日記に『明月記』がある。

登場作品

『小倉百人一首』

97 来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ

<いくら待っても来ないあなたを待っている。それはまるで、松帆の浦の夕凪どきに焼く藻塩のよう。恋の火に焦がれ、あなたに恋い焦がれているのです>

『新勅撰和歌集』巻13恋・849より。『万葉集』に載せられた笠金村の長歌を本歌としている。藻塩は海藻に海水をかけたものを焼き、それを煮詰めてとった塩。火に焼かれる藻塩に、冷淡な?恋人を待つ女性のじりじりとした思いを投影させた歌。製塩法としての藻塩は、平安時代には既に古いものだったという。