大中臣能宣 おおなかとみのよしのぶ

  • 大中臣能宣朝臣 おおなかとみのよしのぶあそん

921~991。平安時代中期の官人。頼基の息子。大中臣氏は代々の神官の家系で、自身も伊勢神宮の祭主を務めた。三十六歌仙の一人で、清原元輔らとともに『後撰和歌集』を撰進した。

登場作品

『小倉百人一首』

49 みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ ものをこそ思へ

<宮中の御門を守る衛士たちが焚くかがり火。夜はこうこうと燃えるあの火が昼は消えてしまうように、夜は燃え上がる私の恋心も、昼は消え行ってもの思いに沈むばかり>

詞花和歌集巻第7恋上・224より。「みかきもり」は皇居の門を警護する役人。「衛士」は各地から集められた兵士。激しい恋心を、宮中の警護のために焚かれた火に託して詠んだ歌。

『十訓抄』

第1 人に恵を施すべき事 1-30

敦美親王のもとで正月子の日の宴が開かれた際に、親王に歌を奉った。この歌が自分としても納得の出来で周りの反応もよかったので、その旨を父の頼基に話した。頼基から「どんな歌を詠んだのか」と問われたので披露したところ、「傍流の親王にそんな立派な歌を詠むとはバカ者め」とこっぴどく叱られてしまった。

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