1071~1137。平安時代後期の公卿。
白河天皇が催した宴の際に、「月の中なる月をこそ見れ」と詠んだところ、「天変の少将」とあだ名されてしまった。※「天変」は天空で起こる異変の意味で、不吉を表す。
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