1151~1210。鎌倉時代初期の公卿。漢詩に秀で、後鳥羽天皇・土御門天皇の侍読を務めた。また、『新古今和歌集』の真名序を書いた。
後鳥羽院が催した詩歌合の際に、「月自家山送我来(月、家山より我を送りて来たる)」という詩を作ったところ、「山送りの弁」とあだ名されてしまった。※「山送り」は葬送の意味で、不吉を表す。
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