忍海原連魚養 おしぬみのはらのむらじうおかい

  • 魚養 うおかい

生没年不詳。平安時代前期の医師・書家。のちに朝野宿禰魚養と名のった。大和薬師寺(奈良県)の額を書いたといわれる。

登場作品

『宇治拾遺物語』

巻14-4 178話 魚養の事

遣唐使として唐に滞在する間に、そこで妻を得た男がいた。子どもも産まれたが、その子がまだ幼いうちに、日本に帰国することになった。男は「ある程度大きくなったら子どもは引き取ろう」と約束して帰ったが、いつまでたっても、何の便りも寄越さない。妻は恨んで、子どもの首に「遣唐使××の子」と書いた札をつけ、「縁があれば、父に会えるでしょう」と海に投げ入れた。
男がある日、海辺に行くと、沖の方から子供が大きな魚の背に乗って流れてきた。首には例の札がついている。男は自分の子どもだと悟って連れ帰り、大切に育てた。また、無事に自分のもとにたどり着いたことを、唐にいる妻にも知らせてやった。この子どもは魚に助けられたので、「魚養」と名付けられた。